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名古屋高等裁判所 昭和45年(ネ)36号 判決

一審原告 宗教法人金龍寺

右代表者代表役員 橋本英宗

右訴訟代理人弁護士 来間隆平

同 清田信栄

一審被告 被相続人山本貞正相続財産管理人 由良久

補助参加人 奥村実

〈ほか九名〉

右補助参加人ら訴訟代理人弁護士 大野幸一

主文

一審原告および一審被告の各控訴を棄却する。

一審原告の原判決添付第二目録記載の土地についての予備的請求を棄却する。

控訴費用は、一審原告控訴にかかる分は一審原告の、一審被告控訴にかかる分は一審被告の、参加費用は補助参加人らの各負担とする。

事実

一審原告訴訟代理人は「原判決中一審原告の敗訴部分を取消す。一審被告は一審原告に対し、原判決添付第二目録記載の土地につき岐阜県知事に対し譲受人を一審原告とする農地法第三条所定の許可申請手続をなしかつ右許可があったときはすみやかに右許可の日付贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および一審被告の控訴に対し「一審被告の控訴を棄却する。控訴費用は一審被告の負担とする。」との判決を求め、なお予備的請求として「一審被告は一審原告に対し原判決添付第一、第二目録記載の土地につき時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。」との判決を求め、一審被告訴訟代理人は「原判決中一審被告の敗訴部分を取消す。一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。」との判決および一審原告の、控訴に対し「控訴棄却」、予備的請求に対し「請求棄却」の各判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用および認否は、左記を附加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

一審原告訴訟代理人の陳述

一、一審原告は、建立以来三〇〇年の由緒を有しかつ地域住民の信仰のより所としてあがめられていた金龍寺を昭和二九年一月二五日宗教法人としたものである。一審原告(宗教法人となる前の金龍寺を含めて)は、臨済宗妙心寺派に属してだん家というものがなかったため、住職の生計費、寺舎の営繕費等は寺領として所有していた山林、田畑(原判決添付第一、第二目録記載の土地(以下本件(一)、(二)の土地という)を含む)より得る収益をもって賄われてきた。ところが、本件(一)の土地は、一審原告の住職であった亡山本義道(亡山本貞正の父)によってほしいままに右訴外義道の娘婿訴外亡山本観道の所有名義に変更され、その後同人の親せきの者の所有名義を経て亡山本貞正(以下亡貞正という)の所有名義となった。また、本件(二)の土地は、農地開放の際亡貞正の母が農業委員会に働きかけて一審原告に留める便法として亡貞正名義で売渡を受けたものである。右のように、本件(一)、(二)の土地は、登記簿上亡貞正所有名義となっているが、実質は一審原告の所有に属するものであった。

二、亡貞正は、終戦後から七・八年の間にその父母、姉妹に先立たれて身の廻りを世話してくれる人もなくかつ収入も少くて生活が困難となったので、一審原告の住職をやめ親せき方の世話を受けて生活することになったが、一審原告の住職の地位を去るに臨んで前記のように自己に所有名義があるが実質的には一審原告の所有に属する本件(一)、(二)の土地についてその所有名義を一審原告へ戻す意味で甲第六号証を一審原告寺総代伊藤正男に差入れたものである。

三、一審被告およびその補助参加人らの述べるところは、次に反論するように理由のないものと考えるが、それが容れられる場合に備え次の予備的請求をする。すなわち、一審原告は、昭和二九年一一月一二日亡貞正より本件(一)、(二)の土地の贈与を受け即日その引渡を受けて善意、無過失に本件(一)、(二)の土地の占有を始め、爾後昭和三九年一一月一二日までの一〇年間占有を継続したことにより、時効によって本件(一)、(二)の土地の所有権を取得した。よって、一審原告は一審被告に対し本件(一)、(二)の土地につき時効による所有権移転登記手続をすることを求める。

四、亡貞正が意思能力を欠いていたとの一審被告の主張を否認する。

五、訴外伊藤正男が一審原告の責任役員に過ぎなかったことは争わない。しかし、甲第六号証は、一審原告の代表役員であった亡貞正が、個人の資格で自己が代表役員である一審原告に対して意思表示をしたについての書類である。一審原告の右意思表示受諾は一審原告が第三者と契約するためのものでないし、何よりも処分行為でもないのであるから、右意思表示の受諾について一審原告の責任役員の議決は必要でない。又亡貞正が、単独で贈与を書面で行い即日これが引渡を受けたに過ぎず、代表役員としての亡貞正が爾後昭和二九年一二月一六日一審原告の代表役員を辞するまで本件(一)、(二)の土地を一審原告の所有として占有改定類似の状態で占有していたものである。

六、宗教法人法第一八条第五項、第二三条、第二四条等は、宗教法人の所有財産が一部の者の専恣によって不当に散逸、費消されることを防止するため規定されたものである。ところが、本件の場合は、実質的には一審原告元来の財産があるべき状態に回復されたに過ぎないとはいえ、これを形式的に見れば、一審原告が個人亡貞正からの贈与を受けるというもので、一審原告にとって財産の処分どころか負担を伴わない財産の増加現象であるから、前記各条に抵触するものでないこと明らかである。

七、亡貞正は一回一審原告の代表役員として他面個人として贈与契約をしたのであるから、利益相反行為として一応は同法第二一条一項に抵触するように見える。この配慮から亡貞正は甲第六号証に相手方として「寺総代伊藤正男」と記載したものと推察される。訴外伊藤正男は一審原告の責任役員中筆頭的存在で、仮に仮代表役員選任を実行していたとすればおそらく同人が就任していたであろうと推測されるところから、本件の場合実質的には同条に抵触していないものといえる。又宗教法人法の立法趣旨を当該法人の財産の維持、利益保護の実現と解するときは、亡貞正が個人として一審原告代表役員たる亡貞正に本件(一)、(二)の土地を贈与した本件の場合は同条の適用がないともいえる。けだし、本件の場合一審原告は利益を一方的に受けるだけで損失を生ずることがないので、いわゆる自己契約を許しても弊害を生じないからである。本件の場合民法第一〇八条に抵触しないことは、宗教法人法第二一条第一項の右解釈上からも明らかである。

八、甲第六号証の記載の形式は、委任状とした場合でも或は譲渡(贈与)証書と解するとしても、ともに不充分である。しかし、前記のような本件(一)、(二)の土地の実質関係および亡貞正による本件(一)、(二)の土地の処分の動機に同号証の全体の文言を総合するときは、後者の譲渡証書とみるのが当事者の真意に合致する。

一審被告訴訟代理人の陳述

一、亡貞正は生来智能低く意思能力を欠如している者である。仮に、同人の意思能力が認められるとしても、一審原告主張の甲第六号証をもってなされたと称する贈与契約は、宗教法人法上正当な手続を経てなされたものでないし、適法な代表権限を有する一審原告の代表者を通じてなされたものでないので、一審原告に対し効力を生ずるわけがない。又仮に、第一審原告主張のように一審原告代表者亡貞正に対し個人の亡貞正が贈与したものとしても、民法第一〇八条に照し右贈与は無効である。

二、一審原告の本件(一)、(二)の土地の占有開始は悪意、有過失にもとづくから一審原告主張のように一〇年の経過で取得時効が完成するものでなく、一審原告の予備的請求は失当である。

一審被告補助参加人ら訴訟代理人の陳述

一、甲第六号証の名宛人は寺総代伊藤正男となっているが、同人は一審原告の責任役員に過ぎず一審原告を代表する権限を有しないものであり、又寺総代の肩書は法律上意義のないものである。従って、訴外伊藤に対して何かの意思表示をしても一審原告につき法律効果を生じない。

二、甲第六号証をもって、亡貞正より一審原告へ本件(一)、(二)の土地を贈与する意思表示を記載した書面であるとすることは、同号証の記載からみて経験則に反する。同号証に記載された文言は全く意味不明である。

三、宗教法人は、農地の所有権の取得について農地法上の許可を受けることができないのであるから、農地の所有を禁止されているものであり、法律上農地を所有する適格を欠くものである。従って、宗教法人たる一審原告は時効によっても農地である本件(二)の土地につき所有権を取得するいわれがない。なお、一審原告は、亡貞正が一審原告の許より立去った昭和二九年一一月一二日以降今日に至るまで所有の意思をもって本件(一)、(二)の土地を占有していたものではない。同日以降一審原告を管理していた役員は、本件(一)、(二)の土地については一審原告所有土地と区別して亡貞正のため管理してきたものである。従って、一審原告が本件(一)、(二)の土地を時効により取得することはない。

証拠関係≪省略≫

理由

一、亡貞正は昭和四二年二月二日死亡し、相続人のあることが明らかでないので一審被告が亡貞正の相続財産の管理人に選任されたことおよび亡貞正は、生前僧名を元詳とも称し、昭和二九年一月二五日から一審原告の代表役員をしており、本件(一)、(二)の土地を所有していたことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を総合すると、一審原告は、古くから在った臨済宗妙心寺派に属する金龍寺を、昭和二九年一月二五日に宗教法人としたものであること、本件(一)、(二)の土地はもと金龍寺の所有であったこと、本件(一)の土地は、昭和二三年六月二四日当時金龍寺の住職でった訴外山本義道(亡貞正の父)の娘訴外千代子(亡貞正の妹)の夫であった訴外山本観道に譲渡(売買)され、次いで昭和二四年五月四日訴外桑河可ずへの所有(相続)となり、更に昭和二六年四月三〇日亡貞正の所有(贈与)となったこと、本件(二)の土地は、自作農創設特別措置法により買収されたうえ亡貞正に売渡された結果亡貞正の所有(本件(二)の土地のうち一五〇三番の一の土地は昭和二五年三月二日、六四九番の三、六五四番の七の土地は同年一〇月六日、その余の土地はいずれも同年九月七日に各登記)となったこと、亡貞正(元詳の外無道とも称していた)は、訴外山本義道の死後金龍寺の住職となり、金龍寺が法人として一審原告となるとその代表役員となったこと、亡貞正(大正八年四月八日生)は、幼少より智能やや低かった(通常人より智能はやや劣っていたが、一応小学校高等科を卒えており、意思能力を欠くというものではなかった)うえ、昭和二九年一一月頃までの間にそれまで亡貞正の世話をしていた母、姉を失って孤独の身となり、かつ一審原告にはだん家がないため収入も乏しく、その生活に困窮するに至ったこと、亡貞正の右窮境を見かねた亡貞正の叔父西川桂造の計いで、亡貞正は、一審原告の代表役員をやめて岐阜県揖斐郡揖斐町に在る大興寺(住職訴外井川金編)で生活させて貰うことになったこと、亡貞正は、一審原告の代表役員をやめるに当り(同年一二月一六日辞任、昭和三〇年一月一三日登記)、もと金龍寺の所有であった本件(一)、(二)の土地が亡貞正の所有に帰するに至った前記経緯に鑑み、本件(一)、(二)の土地を一審原告の所有にしようと考え、昭和二九年一一月一二日一審原告の責任役員で寺総代(金龍寺時代は住職を、一審原告になってから代表役員を補佐して金龍寺又は一審原告の運営にあたる地位を有する)であった訴外伊藤正男を一審原告の代理人とし同人との間で本件(一)、(二)の土地外二筆の土地(前掲甲第六号証中、畑栗林のうち六四九とあるのは六四九ノ一の、田栗林六五四の一とあるのは田栗林六五四ノ七の各誤記と認める)を一審原告に贈与する旨の契約を締結(前記訴外西川桂造は右契約締結に立会い贈主亡貞正の保証人となっている)したことを認めることができる。前掲甲第六号証は、委任状と題する書面であり、「後日の為此処に委任状提出致しました」という記載があるが、その文面には「亡貞正が今般金龍寺住職を去るにつき本件(一)、(二)の土地外二筆の土地に掛る所有権その他一切の権限を伊藤正男氏に譲渡致しました」とある外特段の委任事項の記載がなく、又宛名は寺総代と特に肩書した伊藤正男となっており、その全体の文意明確を欠くこと一審被告補助参加人らのいう通りである。しかし、前記のような本件(一)、(二)の土地が亡貞正の所有となるに至った経緯や、原審および当審証人奥村信吾の証言によって認められる「前記のように亡貞正は智能が通常人よりやや劣っていたので、同人が一審原告の代表役員となっていたが一審原告の経営は寺総代の地位にあった訴外伊藤正男において事実上行っていた」事実等を考慮するときは、同号証の文意は、亡貞正において、一審原告の代表役員たる資格で寺総代の地位にあった訴外伊藤正男に対し一審原告を代理して個人たる貞正より一審原告への本件(一)、(二)の土地外二筆の土地の贈与の受諾方および贈与を受けた後の右土地の管理等を委任し、個人たる資格で右訴外人(一審原告の代理人である)を相手方とし右土地を一審原告に贈与する意思表示を為す趣旨と認めるのが相当である。又成立に争いのない丙第一号証には、固定資産税につき山本貞正分と金龍寺分と分けて記載されていることが認められるが、同号証および当審証人奥村源の証言によると、同号証は一審原告の収支についての帳簿であること、同号証の宅地料、耕作料については右税金の場合のような格別の記載がないことが認められるので、右記載も前記認定の妨げとならない。≪証拠判断省略≫

三、前記認定によると、亡貞正は、個人たる資格で一審原告の代表者たる自己(その代理人訴外伊藤正男を通じ)との間で贈与契約を締結したことになり、宗教法人法第二一条ないしは民法第一〇八条に違反しているのではないかとの疑問を生ずる。しかし、右各法条は、宗教法人又は代理関係における本人の利益を保護するための規定であり、本件のように亡貞正より一審原告に対し本件(一)、(二)の土地外二筆の土地を贈与するという宗教法人又は代理関係における本人に何らの不利益を生じない契約の締結については、右各法条の適用はないものと解するのが相当である。なお、その外に右贈与契約が宗教法人法に反し無効であるとする瑕疵を認め難い。

四、そうとすると、一審被告は右贈与契約にもとづき一審原告に対し本件(一)の土地について所有権移転登記手続をする義務を負うこと明らかである。しかし、本件(二)の土地については、それが農地であることから農地法との関聯でなお検討しなければならない。本件のように農地の所有権を移転することを目的とする贈与契約は、農地法第三条にもとづく都道府県知事の許可を受けなければ右所有権移転の効力を生じないものであるところ、同条によると、都道府県知事は政令で定める相当の事由がある場合を除き農業生産法人以外の法人が農地の所有権の移転を受けるについて許可を与えることができないことになっており、前記贈与契約のうち本件(二)の土地に関する部分については右第三条にもとづく都道府県知事の許可を得られない(政令で定める相当の事由がある場合にあたらない)ものであり、右契約部分によって一審原告が本件(二)の土地の所有権を取得することは法律上不能であるから、該部分は無効といわなければならず、該部分にもとづき一審被告に対し本件(二)の土地につき農地法第三条所定の許可申請手続、右許可があった場合に所有権移転登記手続を求める一審原告の請求は失当である。

五、そこで、一審原告の予備的請求(本件(二)の土地についての)について審按する。≪証拠省略≫によると、一審原告は、前記贈与契約により本件(二)の土地が一審原告の所有に帰したと信じ昭和二九年一一月一二日以降今日までこれを自己の所有地として占有(他の人に賃貸)していることが認められる。一審原告は、右自主占有はその始め無過失であったと主張するが、農地を贈与する契約が成立しても、該契約にもとづく農地の所有権移転につき農地法第三条にもとづく都道府県知事の許可がなければ右移転の効力が生じないものである(このような農地法の規定については昭和二九年頃は一般に周知されていた)から、一審原告が前記贈与契約により本件(二)の土地の所有権を取得したと信じたことについては過失があるものとするのが相当であり、従って、一審原告の本件(二)の土地についての時効取得にもとづく請求は失当として棄却すべきものであること明らかである。

六、よって、一審原告の主位的請求に対し右と趣旨を同じくする原判決は相当であって、一審原告および一審被告の各控訴は理由がないからこれを棄却すべく、又一審原告の予備的請求(本件(二)の土地についての部分)は失当であるからこれを棄却すべく、控訴費用の負担つき民事訴訟法第九五条、第八九条、参加費用について同法第九四条、第八九条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 布谷憲治 裁判官 福田健次 豊島利夫)

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